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岐阜地方裁判所 昭和39年(レ)23号 判決 1965年3月08日

控訴人(原告)

南谷寿彦

被控訴人(被告)

石垣みどり

代理人

端元隆一

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、認否は原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。

当裁判所は職権で控訴人本人及び被控訴人本人の尋問をした。

理由

別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)が控訴人の所有であり、被控訴人が右土地上に存する別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有して本件土地を占有していること、昭和二七年三月七日岐阜簡易裁判所において控訴人(相手方)と被控訴人(調停申立人)間に控訴人主張のごとき調停(同裁判所昭和二七年(ユ)第一六号土地賃借調停事件―以下本件調停という)が成立し(本件調停の内容については以下述べる如く当事者間に争いがある)右調停に基き同日控訴人と被控訴人との間に本件土地に関し賃貸借契約が成立したことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、前記調停調書には、被控訴人は控訴人に対し本件土地を昭和三九年三月七日限り明渡し、右明渡に至るまでは一ケ月金八〇円の地料を支払うこと、もしこの地料を三回以上怠つた場合は本件契約は何等の催告を要求せず当然解除せられた無条件にて本件土地を明渡す旨規定されているところ、控訴人は、本件賃貸借は昭和三九年三月七日を以て期間満了により当然終了したものであると主張するのに対し、被控訴人は、賃貸借はたとえ調停に基き成立した場合においても借地法が適用されるべきであるから前記賃貸借の期間は本件調停成立の日から三〇年の昭和五七年三月七日までであり、右昭和三九年三月七日限りとは賃料の増減をしない期間を意味するものであると主張して争うので、まずこの点につき判断する。

控訴人と被控訴人はもと夫婦であつたところ、昭和二四年四月一日岐阜家庭裁判所において調停離婚が成立し、その調停条項に基き被控訴人は当時所有していた本件建物を被控訴人に贈与するとともにその敷地である本件土地を同日以降一年間無償で貸与することは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に<証拠>を綜合すると、前記離婚に際し、控訴人は被控訴人から慰藉料として金六万円の支払を請求されていたところ、内金三万円の調達ができなかつたために、双方話し合いの結果、当時金三万円の価値はあると思われた本件建物を被控訴人において他に売却し、その売得金を以て右不足金の支払に充てさせるために右建物を被控訴人に譲渡するの方法を執つたものであり、しかも買主を求めてこれが実現をみるには一ケ年の日数は必要とするとの配慮から本件建物の敷地である本件土地を一年間被控訴人に無償で貸与することにしたものであつて従つて被控訴人が本件建物に居住するが如きことは、当時全く予想されていなかつたところ、その後被控訴人が本件建物に居住するに至り、しかも、一ケ年を経過するも本件土地を控訴人に明渡さなかつたために紛争が生じ、その結果被控訴人から調停が申立てられ、本件調停の成立をみるに至つたこと、右調停において被控訴人は賃借期間として一五年を希望し、控訴人は一〇年を主張したが調停委員の勧めもあつて結局一二年と決つたこと、ところで右一二年なる期間の決定をみるには、当時被控訴人が養育していた二男豊が一二年後には満二〇才となり独立しうる状態になるとの事情も斟酌されたことがそれぞれ認められ、被控訴人の原審及び当審における各供述中右認定に反する部分はいずれも当裁判所において措信しないところであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定した事実によれば、右調停条項は、本件土地についての賃貸借契約が昭和三九年三月七日をもつて終了し、被控訴人は控訴人に対して同日限り本件土地をその地上に存する本件建物を収去して明渡すべきことを定めたものと解するの外はない。これを被控訴人主張の如く単に賃料の増減をしない期間を定めたものに過ぎず、本件賃借期間は調停成立の日から三〇年間であるものとするならば、本件調停そのものが成立しなかつたであろうことは前記認定のその成立の経緯に徴して容易に窺われるところである。

ところで右一二年の期間の定めが借地法に違反して無効となるのかどうかにつき考えてみるに、そもそも借地法第一一条の規定は、借地関係において通常劣位に立つとみられる賃借人が優位に立つとみられる賃貸人の恣意、圧力に屈して不当な状態に追いやられることを社会正義の立場から防止する法意に出たものであるが、単なる私人間の示談契約等とは異り、裁判所又は調停委員会という公的な専門機関が当事者双方の立場や意見を十分考慮、斟酌した上で実質的正義実現のため作用する裁判上の和解又は調停においては、賃借人が賃貸人の恣意の赴くまま強制され、賃借人に不当な不利益を強要するが如きことは許される筈がなく、その制度上、前記法意は十分保障されているものと言うべきであり、従つて裁判上の和解又は調停によつて締結される土地賃貸借契約は、それが明らかに賃借人に一方的な不利益を招来するものでない限り当然には借地法第一一条の適用はないものと解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみるに、前記認定のごときその成立の過程経緯に徴するとき、一二年と定められた賃借期間は決して被控訴人にのみ一方的な不利益を来たすものとは到底考えられないので、結局本件賃貸借契約には前記借地法の適用がなくその期間の定めは有効であると解せざるを得ない。(もつともかような結論を導くため従前の裁判例の一部には一時使用の賃貸借又は期限付合意解約と構成する努力が試みられたが当裁判所は前述の通り判断した)

<中略>してみると本件土地についての控訴人と被控訴人間の賃貸借契約は昭和三九年三月七日の経過により終了したものというべく、被控訴人において他に本件土地を占有するにつき控訴人に対抗しうる正当な権限を有することについての主張、立証のない本件においては被控訴人は控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務のあることは明かであるので、控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これを棄却した原判決は失当でその取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九六条、第八九条を適用し、なお仮執行の宣言の申立についてはそれを附するのは相当でないと認めこれを却下することとし、主文のとおり判決する。(村本 晃 梅垣栄蔵 吉崎直弥)

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